漢字入力の改善

アルテ日本語入力では、スマートフォンの入力をより効率化する方法を開発してまいりました。

しかし、その入力方法を紹介すると「入力の速さにこだわりのある人には良いのでは?」という受け止め方をされることがあります。いわば「ゲームコントローラの早打ち」のように(趣味的な事柄として)スマホの早打ち手法を開発したと思われてしまう場合があるようです。

そこで今回は、仕事や学習に深く関わる「漢字の入力」という観点からスマートフォンの入力改善の意義を考察してみました。

* なお、アルテの入力方法は他のアプリにもご採用いただけるようオープンにしています。ここでは便宜的に「アルテの入力方法」と記していますが、現時点ではアルテに採用している、汎用の入力方法として捉えていただけますと幸いです。


入力方法の特徴

アルテの入力方法では「きょう」や「とう」など、複数の仮名文字を1回の操作で入力できます。

そして、1回で入力できる場合のほとんどが漢字の音読みとなるため、東京(とう・きょう)や、高等(こう・とう)など、多くの漢字熟語を効率的に入力できます。

この文章でもここまでに「効率・方法・紹介・入力・趣味・手法・学習・考察・採用・操作・東京・高等・熟語」など、アルテの入力方法によって入力効率が向上する熟語が多数出現しています。

こうした漢字熟語は、日常会話文よりもビジネス文書やレポート等で多用されるので、アルテの入力方法は、仕事や学習環境でより効果を発揮します。


現在のフリック入力のウィークポイント

特にビジネスの場面では、事業、状況、収支、購入、消費者、領収書、受注、検証、承認、交渉、了承、企業、等々、アルテの入力方法でタッチ回数を大幅に削減できる語彙が多用されます。

ところが現在のフリック入力では、たとえば「きょう」と入力するだけでも、「き」+「よ」+「小文字化」+「う」と4回の操作が必要で、「領収書」と入力するには10回、「上場企業」と入力するには16回もの操作が必要になります。

1つの漢字あたり何度もキーをタッチすることになるのは面倒なことです。このような熟語を何度も入力するケースなると、確実に入力効率が低下します。また効率の低下だけでなく、入力を面倒と感じると、生産性も削がれてしまうことになります。

また、教育分野でもスマートフォンやタブレットの活用が本格化しています。

小学校で学ぶ「文章・給食・呼吸」等から、大学受験で出題される「踏襲・賞揚・通暁」等の語彙に至るまで、就学期間に学習すべき熟語の多くに拗音や拗長音が含まれます。こうした熟語の多くが、現在のフリック入力では入力に手間がかかります。

タブレットを使った授業では、多くの生徒がフリック入力で文字入力を行っていますが、現在のフリック入力では「体積を縮小する」と書くよりも「体積を小さくする」とい書いた方が楽です。(「縮小」は8回タッチですが「小さく」は4回タッチで済みます)

せっかく漢字熟語を学び、活用する機会があっても、現在のフリック入力ではなるべく熟語は使わない方が楽という特性があるため、文中で熟語を使うことや、熟語を多用する文章を書くこと自体を敬遠する傾向が生じる恐れがあります。

またスマートフォンを授業で活用する取り組みが、東京神奈川をはじめ多くの高校で始まっています。またスマートフォンでeポートフォリオを記入できる取り組みも始まっています。しかし、現在のフリック入力では「教科書」と入力するのに8回、「授業中」と入力するには13回ものタッチが必要で、面倒に感じるほど学習のモチベーションも低下します。


漢字の入力改善

以上のように、現在のフリック入力では漢字を多用する文章を不得意とする側面があります。

そして、アルテの入力方法はその問題の改善を可能とします。

しかし冒頭で述べたように、これまで(趣味嗜好の問題として)こだわる人向けの「スマホの早打ち手法」と捉えられることがありました。

恐らくですが、スマートフォンの文字入力について、LINEなどSNSの利用イメージが強く影響しているように思われます。たとえば「子供の学力低下はスマホでLINEばかりしているせい」など、いわゆる「スマホ悪玉論」も多く、こうした風潮の中では「スマホの早打ち」など不必要なもの、という受けとめられ方をするからかもしれません。

しかし、「漢字の入力改善」あるいは「漢字熟語の入力改善」として捉えた場合はどうでしょうか?

強硬なスマホ悪玉論者からすれば、そもそもスマホは使わない方がいいのだから、漢字の入力改善も意味がない、と断定されてしまうかもしれません。

しかし、もし保護者の立場で考えたとすれば、たとえスマホ依存等の弊害を懸念しているとしても、いつまでも禁止というわけにもいきません。

子供の成長のどの段階でスマートフォンを与えるかはともかく、子供がスマートフォンを使うようになった時、やはり、今まで以上に漢字を入力しやすい環境になっていた方が望ましいにちがいありません。

確かに漢字(特に熟語)を多用する文章を書く機会は、年少期にはそう多くはないかもしれませんが、それでも漢字を入力する機会は常にあります。これからスマートフォンを持つことになる子供たちに向けて、文章を書く時に漢字を抵抗感なく入力できることが、普通の日本語環境としてあるべきだと考えます。


日本人にとっての普通の日本語環境

日本語の音韻では、「きょう」と発音するのは1拍で、決して「き・ょ・う」と3拍で発音することはありません。入力は頭の中の声と共に指を動かすような作業ですから、頭の中の声が「きょう」と1拍なら、指の動きも「きょう」と1回で入力できる方が自然で快適です。こうして1拍を1回で入力できるのに、従来型のフリック入力で4回タッチを要するのは、わざわざする必要のない遠回りな行為をしていることになります。

「京都」や「今日」など、スマートフォンで「きょう」と入力する人は1日あたり何十万人もいるはずですが、全ての日本人が「わざわざする必要のない遠回りな行為」をこれからも毎日毎日、営々と続けるよりも、当たり前に誰もが1拍を1回で入力できる方があるべき日本語環境と言えるはずです。

また、たとえば「救急車」は3回タッチで入力できます。しかし現在のフリック入力では、「救急車」と入力するだけで11回ものタッチが必要です。発声に障害のある人には、メールやメッセンジャー機能がライフラインとなっていますが、今のままでは「救急車」と3回タッチで入力できる環境は成立しません。

「救急車」と発声したり音声入力することが簡単だとしても、誰でも「救急車」と3回タッチで入力できる方が(ノーマライゼーションの観点からも)あるべき日本語環境だと考えます。


長期間つづく影響

また言語に関する改善の影響は短期間に留まらない性格をもちます。

たとえば、私たちが今読み書きしている漢字は、第2次世界大戦後に字体が簡略化され、「體」が「体」になるなど、画数が少なくなったことで筆記の効率が向上しました。その影響を明確に見積もって述べることはできませんが、確かなことは、字体が簡略化されてから70年以上が過ぎても、私たちは筆記の効率化という効果を享受できているということです。

同じことは、スマートフォンの入力に関しても言えます。漢字の画数が少なくなって筆記しやすくなったように、タッチ回数が少なくなって漢字を入力しやすくなる効果も、何十年も(スマートフォンが消えない限り)つづきます。

少ないタッチ回数で入力できることは、入力の最中に有効なだけでなく、普段から入力が苦手とか煩わしいといった意識を低減し、入力を要する様々な活動の生産性を向上させます。

ですが、生産性とは別に、たった1人でも日本人が日本語を入力するのに「今より確実に入力しやすい方法があっても使えない」「文字入力に対して持たなくてもよかった苦手意識をもってしまう」ということがあれば、それはとてももったいなく理不尽なことではないでしょうか?

そして総ての日本人にとって、その状況が10年たっても20年たっても変わらない、30年たっても40年たっても変わらないということは非常に大きな損失だと考えます。

また海外では、スマートフォンの入力にスワイプ入力という非常に革新的な入力方法が誕生し、すでに普及しています。海外ではこれから何十年もその効果を享受できる段階に、確実に入りました。

スマートフォンの入力を軽視する人は「たかがスマホの入力で海外と差がついても大勢に影響しない」と評するかもしれません。

しかし、スマートフォンやタブレットの活用は、仕事や学習用途で、次第に、そして確実に増えてきています。今後、活用の度合いが増すほど、言語環境の差は響いてくると予想できます。

10年後の2030年には、日本は少子高齢化で生産性人口は総人口の58%にまで減少します。世界のGDPに占める日本の割回は現在の5.8%から3.4%に低下するという予測もあります。生産性という観点に限ったとしても「スマホの入力くらい海外より不利でも構わない」と言っていられる状況ではなくなるはずです。


日本語環境の分岐点

現段階では、漢字入力を改善した環境が普通のものとなる可能性と、これからも永遠にそうならない可能性とがあります。

しかし、ほとんどの人は、今のフリック入力にさらに進歩の余地があるということも、その進歩が漢字入力の改善に繋がることも知りません。

こうした知見が広まらない限り、たとえ実現手段が存在しても、それが世の中に必要なものとして認知されることはありません。そして必要性を認識されなければ、漢字入力を改善した言語環境に至ることは困難です。

そのため、まず漢字入力の改善がこれからの日本に「必要な取り組み」として多くの方にご賛同いただけることが重要だと考えています。

もちろん、自分の使う入力方法は従来のままでいい、という人もいると思います。しかし、日本語は大人たちだけのものではありません。これから初めてスマートフォンやタブレットを使う子供たちにとって、現在よりも簡便に漢字を入力できる日本語環境が存在しない未来が望ましいとは言えないはずです。

そして、年々歳々、何年・何十年たっても、初めてスマートフォンを手にする子供たちがいます。

そして、年々歳々、日本の生産性人口は減少し、難しい時代に向かっています。そのため今より少しでも状況を良くしてゆく取り組みが必要だと考えます。

これからはさらにスマートフォンやタブレットを活用する時代になります。今よりも漢字入力がしやすい日本語環境を創り、未来に遺してゆくことに、ご賛同をいただけますと幸いです。