世界の変化と日本の動向(Appleの発表に寄せて)

iOSにスワイプ入力が標準搭載

先日行われたAppleのイベント「WWWDC 2019」では、次期OSとなる「iOS 13」において 標準キーボードにスワイプ入力が追加となる ことが発表されました。これにより今後はiPhone , iPadの標準キーボードで、サードパーティのキーボードアプリをインストールすることなくスワイプ入力が使えるようになります。ただし対応言語は、英語、中国語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語ということで、やはり日本語には対応していません。

「スワイプ入力」とはアメリカ発祥のキーボードを一筆書きのようになぞって入力する入力方法で、GoogleやMicrosoft他、幾つものメーカーが日本語以外の多くの言語圏に提供しています。

スワイプ入力は極めて入力効率の高い入力方法です。スマートフォンが誕生してから、タッチスクリーンでの文字入力の効率化は、情報生産を容易なものにし、様々な分野の生産性向上をもたらしてきました。

日本ではフリック入力がその状況を加速しましたが、これからはスワイプ入力の普及が多くの言語圏において生産性の向上をもたらしてゆくと考えられます。ただし、その影響は日本のフリック入力と同等とは限りません。さらに大きな影響力をもつことも十分考えられます。

Appleが発表したスワイプ入力対応言語は、前記の7つの言語ですが、この7つの言語だけでも多くの国々と巨大な人口圏をカバーすることになります。

またiOS,Android共に、すでに多数の言語に対応しているサードパーティのスワイプ入力アプリが存在し、Googleの「Gboard」では100を越える言語に対応しています。また中国ではすでにスワイプ入力の技術を国産化し、中国企業発の多言語の対応したスワイプ入力キーボードもリリースしています。(そしてそれら総て日本語に対応していません)

スワイプ入力の普及によって、多くの言語圏で生産性の向上が期待できる一方、日本の入力環境には大きな変化がありません。このままでは日本は相対的に後退することになり、時間が経つほど(海外と同じ機器を揃え、同等のソフトウェアを使用しいたとしても)海外より低い成果しか得られなくなる懸念があると考えます。

本来であれば、どの国でも文字入力がしやすくなり、生産性の向上にも繋がることは大いに歓迎すべきことです。しかし日本はスワイプ入力の対象圏外になっています。スマートフォンの誕生にともなって小さなタッチスクリーンでも入力しやすい技術が模索されるようになりましたが、日本はその技術を他の言語圏と共有できなくなりました。そのため日本は同じ方法(スワイプ入力)を用いて他の国の変化に追随してゆくことができません。

日本の動向

これからの日本社会では少子高齢化と生産性人口の減少は不可避だと言われます。またAIやロボット等の技術進歩により、予測が難しい時代に突入してゆくとも言われています。そこでこうした予測困難な時代に対応できるよう、教育分野ではICTを活用した様々な取り組みが行われています。

特にタブレットやスマートフォンを授業や学習に活かそうとする取り組みは増えていて、文科省が推進するeポートフォリオもスマートフォンの入力を想定しているなど、これからはスマートフォンで記述する場面も増えてゆくことが予想されます。しかし改めてその入力環境を振り返ったとき、必ずしも良好とは言えない状況となっています。

日本ではフリック入力が主流ですが、フリック入力は苦手と言う人も多く、一定の割合の人々がパソコン型の配列や、マルチタッチ方式を使っています。しかしこれらの入力方法はフリック入力よりかなり入力効率が落ちます。その一方で、前述のように海外ではスワイプ入力という極めて入力効率の高い入力方法が普及しつつあり、このままでは教育分野でも情報の生産性で差がついてしまう懸念があります。

経済産業省が発表した「未来の教室」と EdTech 研究会 第1次提言 には、『今後日本の教育の在り方は、「世界の変化」、特に主要経済国の変化を意識して考えられるべきである。』と記載されています。しかしスマートフォンの入力に関しては「世界の変化」に対応する日本の動きは今のところ見られない状況です。

情報生産の効率を考えた場合、文字入力の効率性は最も直接的に影響します。またパソコンの入力に関してはその重要性が認識されています。しかし、スマートフォンやタブレットの教育活用は確実に広がっているにもかかわらず、海外の動向に対応する動きがないのは、はじめからスマートフォンの入力は論点として考えられていないからかも知れません。

フリック入力はいわゆるガラケーと同じテンキー型配列をベースにしているので、パソコンの入力とは違うもの、学業や仕事で本格的に使うようなものではないもの、といった印象を持たれがちに思えます。一方、スワイプ入力はパソコンと同じ配列をベースとしているので、パソコン入力と同系統という印象があります。しかしこうした印象の違いは、日本にとって状況をより悪化させる恐れがあります。

もし日本でスマートフォンの入力が「学業や仕事で本格的に使うようなものではない」という認識が変わらないまま10年が経過したなら、10年たってもスマートフォンやタブレットは、学習やビジネスで本格的には用いられず、学生もスマホの入力では質、量ともに大した記述が求められると思わず、世の中もそれを当たり前と考えたままかも知れません。

一方海外では10年もたてば、スワイプ入力は相当進化すると考えられます。音声入力が不明瞭な発声にも対応できるようにAIを用いて進化しているのと同様、スワイプ入力もスクリーンをなぞる軌道が曖昧でも精度の高い出力を実現すべく開発が進められています。

代表的な開発企業(Apple、Google、Microsoft etc.)が盛んな開発投資を行っていることを考えれば、10年もかからず学業やビジネスだけでなく、医療等の専門分野にも欠かせない本格的な入力方法となる可能性もあります。

両者を比べた時、将来どちらが一人一人の能力発揮に有利になるか、どちらが社会の生産性向上に有利になるかは明らかです。結局のところ、”スマホの入力では情報生産において本格活用できない”と考えていれば、その認識に見合うようにしか社会は発展しません。

日本語を諦めずに

スワイプ入力は、アメリカ企業が世界の言語圏に向けて開発しているだけではなく、今では中国や欧州の企業も開発していて、中国や欧州からも世界の言語圏に広まっています。このように世界では有望な技術を相互に提供し合うようになっている時、日本にはその技術が提供されない事態になっています。

そのため、この問題に対しては海外の技術を導入するという方法が通用しません。結局この問題に対しては、対応困難と諦めてしまうか、困難があっても、日本語入力の効率を上げる入力方法を独自に開発するしかないと考えます。

ただ諦める場合には、諦めることの意味をしっかり考えてみる必要があると思います。

もし諦めてしまった場合、日本語にはまだ入力効率を伸ばせる「伸び代」があっても、その「伸び代」を捨てることになります。”IT系の技術はいつでも設計できる” ということはありません。一度可能性を捨ててしまえば、二度と取り戻せない恐れがあります。

また入力効率というと無機的なイメージになりますが、本質は「書きやすさ」を表すものです。たとえば「アルテ日本語入力キーボード」に搭載した入力方法では「きょう」と入力するのは1回のストロークで済みます。誰でも「きょう」と発音するのは1拍で、決して「き・ょ・う」と3拍で発音することはありません。

入力は頭の中の声と共に指を動かすような作業ですから、頭の中の声が「きょう」と1拍なら、指の動きも「きょう」と1回で入力できる方が心地よく、書きやすいものになります。

この例のようにスマートフォンで日本語を「さらに書きやすくする」ことは確かに可能です。今では多くの人がほぼ生涯に渡ってスマートフォンを「筆記具」としても使い続ける時代になっています。日本語を書きやすくできれば、一人一人が生涯にわたって「書きやすさ」を享受することができます。

またその「書きやすさ」は次の世代や、その次の世代の人々にも伝えてゆくことができます。しかしもし諦めてしまえば「もっと書きやすくできたはずの日本語」を、永遠に書きにくいままに留めてしまうかも知れません。

このように考えれば、諦めるという判断は適切ではないと思えます。そのため、やはり日本が日本独自に入力効率をあげる開発に着手することの方が望ましく、その結果、アルテの入力方法のレベルを越えてさらに入力効率が高い入力方法が生れることになっても、日本がこの問題に取り組むようになって欲しいと考えます。

『ある地域が衰退してゆく時は、その地域に過誤があったからではなく、他の地域が変化しつつある時、ただ何もしなかったから』という場合があると思います。

もし、この文章をお読みいただいた中に、教育や行政、言語(日本語)関係のお仕事に関わる方がいらっしゃいましたら、ぜひ掘り下げてこの問題をお考え頂けますと幸いです。また、大人の方々は皆、子供たちの将来を考える立場にあります。未成年の方々であれば、自分たちの未来がどうなるかは切実な問題だと思います。そこで、できましたら「ただのスマホの入力」と軽視されることなく、将来に関わる問題の1つとしてお考えいただけますと幸いです。


※スワイプ入力が日本語に対応できない理由とその影響については以下をご覧ください。
日本語とスワイプ入力 ・ アルテ日本語入力キーボードの取り組み