アルテ日本語入力キーボードの取り組み


これからのICT社会では、あらゆる分野でスマートフォン、タブレット、2in1PCなど、タッチスクリーンを備えたスマートデバイスの活用が期待されています。そしてスマートデバイスの活用が進むほど、タッチスクリーンでの文字入力も重要な情報基盤となってゆくと考えられます。

その一方で、日本では「若者のPC離れ」が度々話題になっています。卒論をフリック入力で書く大学生、企業の新人教育はPCのタイピングも必要、といったことも取り上げられて「スマートフォンで速く入力できること」がPC活用スキルの獲得を阻害しているという論調も見られます。

そのせいもあってか、日本ではタッチスクリーンでの入力環境について真剣に考えられることはほとんどないようです。

無関心の背後で

今、アルファベット圏を中心にスワイプ入力という入力方法が普及してきています。今のところ日本では馴染みが薄く、また直接の関係は乏しいように見えますが、今後各国におけるスワイプ入力の普及は、長期的には日本に無視できない影響を及ぼすものと考えられます。

スワイプ入力については、ぜひこちらの記事をご覧下さい。
峰を越えたスワイプ入力

海外でのスワイプ入力の普及は、いわゆるクリティカルマスを越え、一層の普及と精度向上に向かっています。

そしてこのスワイプ入力は、直接比較は難しいものの日本のフリック入力以上の高速・高効率の入力が可能と推定されます。またQWERTY配列のまま使えるので、QWERTY配列かフリック入力かといった葛藤も生じません。

一方日本ではフリック入力が主流となっていますが、大学生の4割がフリック入力に苦手意識という調査もあり、日本のスマートデバイスの入力環境は、必ずしも良好とは言えない状況です。

現状の懸念事項は、大まかには次のように概括できます。

① フリック入力を使わない層が従来の入力方法で固定化。
② フリック入力自体もスワイプ入力より入力効率が下回る。


向上する世界の入力環境

2007年のiPhoneの登場を機に、スマートフォンの爆発的普及がはじまりました。

しかしその時点での文字入力の方法に関しては、スマートフォン用に設計されたキーボードではなく、物理キーボードを模したソフトウェアキーボードをタッチして使うものでした。つまり物理キーボードを転用した状態だったといえます。

その後のスマートフォンの普及にともなって、テキスト入力の需要も拡大し、小さなスクリーンに映されたキーボードをPCと同じようにタイプして使うのではなく、スマートフォンに適した、より入力しやすいキーボードが模索されるようになりました。この動きはスマートフォン登場によって必然的に生れた需要だったと言えます。

スワイプ入力の特に注目すべき点は、アルファベット圏でこの需要に応える現実的なソリューションとなった点です。この方法によってそれまでの物理キーボードを模した入力方法から、小型のタッチスクリーンに適した文字入力ソリューションが確立されました。

技術史的にみれば、スマートフォンの登場とともに、これも1つの転換点になると思います。

* スワイプ入力はメーカーによりジェスチャー入力やグライド入力という呼称が使われています。


停滞する日本の文字入力環境

一方日本では、2008年にソフトバンクから日本語版のiPhoneが発売されています。この時日本が特殊だったのは、日本でのiPhone登場と同時に、スマートフォン専用に設計されたフリック入力キーボードが搭載されていたことでした。

フリック入力は、平滑なタッチスクリーンでのスライド操作を前提とするもので、物理キーボードでは不可能な操作方法です。こうして物理キーボードとは異なった文字入力の段階へと、日本はいち早く進歩することができました。

しかし、フリック入力は簡単に習得できる人もいる一方で、なかなか習得できず諦める人もいます。ある意味フリック入力は「ペン回し」のような手指を使うスキルと似ているのかもしれません。体を使うスキルですが運動が得意な人ならできるというものでもなく、実際やってみなければ誰が上手くできて、誰が苦手となるのかわかりません。

そのため、万人向けの入力方法とは言えず、一度はトライしたものの上手くできずにQWERTYやマルチタッチ入力を選んでいる人もかなりの割合で存在し、フリック入力が登場して10年が過ぎてもこの状況は大きく変化していません。

フリック入力を諦めてローマ字入力にすると、完全にフリック入力から切り離されてしまいうので、再チャレンジのハードルは非常に高く、一旦諦めるとその入力方法に固定されがちになります。それに比べてスワイプ入力の方は従来のタッチ入力と併存しているため習得の機会が常に開かれています。スワイプ入力も習得時には負荷がかかりますが、この違いにより従来方法への固定化は起きにくいと考えられます。


入力効率について

スマートフォンでの文字入力のギネス記録は、(スワイプ入力ではなく)2本指でのタッチ入力で課題文を18.19秒で入力したものとなっています。
一方スワイプ入力での記録は、1本指での18.44秒です。なおこの記録は上記のタッチ入力で破られるまではギネスの世界記録でした。

2本指タッチ入力でのギネス記録(18.19秒)

確かに、記録的にはスワイプ入力がタッチ入力に抜かれていますが、スワイプ入力でもトップクラスの超高速入力が可能であることは証明されています。

また、もしタッチ入力も1本指で行ったとすると記録はかなり落ちたものと思われます。仮にタッチ入力を1本指で行った場合にはさらに5秒ほどかかったとすると、スワイプ入力でさらに5秒かければもっと長い文章を入力できることになり、また同じ文章を5秒余分にかけて入力しても良いなら、スワイプ入力ではもっと余裕をもって楽に(=少ない労力で)入力できるはずです。

より少ない労力でより速く入力できるほど入力効率が高いものとすると、スワイプ入力はタッチ入力を越えた入力効率を実現しています。

そして日本語のフリック入力と比べた場合、言語が違うので直接の比較が難しいのですが、フリック入力もタッチ入力の要素が強く、入力効率ではフリック入力はスワイプ入力を下回っていると推定されます。


スワイプ入力が影響を及ぼす言語圏

入力効率が向上すると、より快適に、より速く、より長い文でも入力しやすくなって、社会的な文字入力の生産性も高くなります。

アルファベット圏ではスワイプ入力が普及期に入り、日々利用者は増えています。文字入力の生産性においても、日本は追い越される状況が迫っています。

スワイプ入力は、英語だけでなくアルファベット圏を中心に多言語に対応しています。英語ネイティブの人口だけでも3.9億人にのぼりますが、実用的に英語を使う人口は約17億人にのぼるとも言われています。

またフランス語、スペイン語、ポルトガル語なども本国以外に多くの言語人口を持ちます。そのためアルファベット圏全体では、スワイプ入力の普及は日本とは比較にならない程巨大な人口に影響を及ぼすことになります。

なおスワイプ入力は中国語にも対応しています。Google他いくつかのメーカーの中国語入力キーボードでは、標準搭載されています。

これらの記事()を翻訳して読むと中語語入力の生産性も向上してゆくものと見られます。



スワイプ入力の台頭

スマートフォンが登場してから数年は、タッチスクリーンでの入力効率において最初期にフリック入力を獲得した日本語が、世界でも最も入力効率の高い言語だったかもしれません。

しかしスワイプ入力が普及すると、アメリカ、イギリス、オーストラリア、南アメリカ、ナイジェリア、インド、シンガポール等、英語圏の国に追い越され、そしてスワイプ入力が対応しているアルファベット言語圏の国々(および中国)にも抜かれる、というように、どんどん順位が落ちてゆく可能性があり、それはすでに進行中とも考えられます。

ランナーのスピードが落ちて後続に抜かれるとき、長距離走では後続集団にまるごと抜き去られることがあります。たとえ先頭を走っていたとしても、その場合一気に順位を落としてしまうことになります。

スワイプ入力の台頭によって、複数の言語圏の入力環境がほぼ同時期にレベルアップを開始し、その結果、日本はそう長くはない時間スパンの内に、多くの国以下に文字入力の生産性が落ちてしまう可能性があります。

また日本では2008年をピークに人口減少期に入り、特に生産年齢人口の減少は海外より速いペースで進行しています。人口減少に伴う生産高の減少があるため、これからはICTを活用して社会の生産性を上げることが大きなテーマとなっています。

しかし、タッチスクリーンでの文字入力の生産性が海外より劣ることになると、教育やビジネス等、スマートフォンやタブレットを使ったICT活用では、機器やソフトウェアでは海外に劣らないものを使用していても、海外と同等の成果があがりにくくなる、といった影響もでてくるでしょう。


ゆでガエルにならないために

iPhoneが登場した当時、日本ではスマートフォンははやらないだろうという論調も少なくありませんでした。確かにその時までは日本の携帯電話は先進的でしたが、もしその後も日本ではスマートフォンが発売されなかったら、日本は完全にICT後進国になっていたはずです。

スワイプ入力の台頭に対して無策であった場合にも同じことが言えると思います。またこの問題は目に付かないところで、急激には表面化せずに進行するので、「ゆでガエルの寓話」のように気がついた時には手遅れとなる懸念があります。

*「ゆでガエルの寓話」とは、ゆっくりとした環境の変化に気づかず、気づいた時には手遅れになってしまっているという寓話で、カエルを熱いお湯に入れると驚いて飛び出しますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、カエルはその温度変化に慣れていき、生命の危機と気づかないうちにゆであがって死んでしまうという話です。


また、どの言語でも工夫すれば永遠に入力効率を上げられるということはなく、どこかで上限に突き当ります。もしフリック入力が日本語の入力効率の上限に達していて、もはやそれ以上の「伸び代」が無い場合、海外との差を埋めることは原理的に不可能ということになります。

したがってタッチスクリーンでの日本語入力が、すでに上限に達しているのかどうかは、最初に見極めるべきポイントとなります。そしてもしまだ「伸び代」が存在していた場合、その伸び代を活かした入力方法を実際に開発して普及に取り組むことが、今後の日本にとってプラスになると考えます。


入力効率改善の取り組み

日本語の伸び代の有無について、結論から言えば、海外のスワイプ入力と同じように複数回のタッチ操作をスライド操作に置きかえることにより、日本語もまだ入力効率を伸ばせることがわかりました。

ただし海外のスワイプ入力は、単語全体をスワイプ操作で一筆書きすることに対して、日本語に適していて入力効率を伸ばせるスワイプ操作は、一定の入力パターンに対する「定形スワイプ」操作になります。

* 詳しくは日本語とスワイプ入力をご覧下さい。この文書ではスワイプ入力への考察を踏まえた上で、日本語の入力効率を伸ばす「定形スワイプ」について述べています。

そして現時点の到達点としては、日本語の伸び代としての「定形スワイプ」を活かし、「アルテローマ字入力」と「ターンフリック」という2つの入力方法を実現するところまで至りました。

なぜ、2つの入力方法を用意したかというと、フリック入力を使う人と使わない人のどちらの割合も相当に大きく、一方だけに対してだけ入力効率を伸ばす入力方法を用意しただけでは、他方にとって現状維持以外に選択肢がなくなるからです。

ターンフリックは従来のフリック入力を使いながらシームレスに移行できるので、フリック入力ユーザーに向いています。最大ユーザー層の入力効率をさらに向上させるものとしてターンフリックを開発しました。

一方フリック入力が苦手で、フリック入力を使わないユーザーにとってターンフリックは選択肢になりません。この調査ではフリック入力ユーザーは全体で5割程度、10代でも6割程という記事もあり、大まかに4割がフリック入力ユーザーではないとしても相当な人口になります。こうしたユーザー層に対しては、アルテローマ字入力が選択肢となるように開発しました。


これからの課題

たとえ従来より効率的な入力方法ができたとしても、入力効率だけを指標とせず、自分にあった入力方法が選べるということは重要です。

しかし、自分あった入力方法を選べるということは、従来の入力方法も、新しい入力方法も、等しく俎上にのせて、自分の基準で選べるということでもあります。新しい入力方法について、その存在を知らなければ従来方法だけから選択になってしまい、より効率的な入力スキルを得る機会を失います。

そのため新しい入力方法は開発に至っても一部の人にしか知られていない状態ではなく、誰もが知った上で選択可能な環境が求められます。その環境づくりの一環として、普及のための広報や、iOS版の開発も必要と考えています。

アルテ日本語入力キーボードの取り組みをまとめると「生産性の高い入力方法を開発し、その入力方法が選択肢として選ばれる環境を作り、日本語入力の生産性向上に貢献すること」となります。

現状から何もしなければ日本の入力環境は変化することなく、アルファベット圏の入力環境は着実に向上してゆきます。世界中で文字入力の生産性が向上する事は歓迎すべきことですが、その時、日本だけが相対的に後退する事態になってもかまわないとは思えません。

アルテ日本語入力キーボードはまだあまり知られてなく、知られている場合でも「変わり種キーボード」という見方をされる場合もあります。しかしこれからの日本にとってこの取り組みは必ず必要となることだと考えています。

アルテ日本語入力キーボードの取り組みに、ご理解とご支援をいただけますと幸いです。